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2010年8月17日火曜日

ジュネーブ紀行

夫が用事があったので私もついて行って観光した。

チューリッヒを七時過ぎに出る電車に乗り、ビール乗り換えで10時前にジュネーブ着。ここから個人行動。まずは観光案内所に行って、市街図と路線図をもらう。偶然並んでいた窓口のお兄さんがスペイン語バイリンガル(多分南米系の人)だったのでスペイン語を練習させてもらった。赤十字・赤新月博物館と、CERNのMicrocosmとどっちがおすすめか?と聞いてみたところ、赤十字・赤新月博物館の方がガイドツアーもあるし興味深いが、Microcosmは全体に文字の説明ばかりだ、しかし興味があれば面白いんじゃないか、とのことだった。

あまり面白くない予感はするが、せっかくなので前から予定していたMicrocosmに行くことにした。 MicrocosmはCERN(ヨーロッパ原子核研究機構)の学習・解説のための施設。本当はCERN内部の見学ツアーに参加したかったのだが、一週間前に予約を試みたら九月いっぱいまで満員だった。Microcosmまではまず市電14番か16番に乗り、途中で56番のバスに乗り換えて終点1つ手前のバス停まで。途中移民街のような所を通っていく。乗り換え地点辺りは恐らく公営住宅であろう、同じ形のアパートが並んでいる。特に危険な感じはしないが、チューリッヒよりは少し荒れているような雰囲気がある。

終点で降りてからよくわからず門番に尋ねたら、英語が分かっているようだけどひたすらフランス語で返してきた。受付の建物に行け、ということらしい。入ってみるとレトロな雰囲気。60年代か70年代にできた日本の科学関係の博物館と雰囲気が似ている。意外と人が多く、子供連れで混雑していた。

From Genf
Microcosm内部。意外と混んでいる。


From Genf
ヨーロッパの若者がソ連やアメリカに行かなくとも物理学を研究できるようにすることもCERNの目的の1つだったらしい。教育を外部委託しない心意気がまぶしく見えた…。

From Genf
CERN入り口。一般人は入れないようだ。

展示は確かに案内所の人が言った通り、文字ばっかりだった。英仏独伊の四言語で書かれているのでいずれかがわかれば理解できる、はずだが、日本語でもよく分からない物理の説明を英語で読むのは骨が折れる。途中疲れてきて全部は読めなかった。前半は素粒子とは何か、後半はCERNのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)に関しての解説であった。物理の事象を数式を使わず言葉だけでわかりやすく説明するのは難しく、言葉だけで理解するのは無理なのではないかと思った。

見学終了後、お土産コーナーへ。お土産は意外にも充実している。しかも、けっこう安いと思う。素粒子のぬいぐるみがかわいかった。CERNトランプ(3フラン)と、CERNの研究を子供向けに説明したコミック(6フラン)を購入。Tシャツなど洋服類が充実していた。

その後道路を挟んで正面にある木でできたドームに行ってみた。中にはロレックス提供の展示がある。ちょうど映像を上映する時に入れたので見たが、最後ROLEXと大きく出るのでみな苦笑していた。

再びバス、トラムを乗り継ぎコルナヴァン駅まで戻る。Rough Guideに載っていたエチオピア料理店Zara 2001で昼食。店員が「食事?」と聞いてきたが聞き取れず、怪しい人が近づいてきたのかと思って最大限に警戒してしまい、失礼なことをしてしまった。本日のメニューが安かったので何かよく分からないがそれにした。あとミントレモネード。出てきたものは、金属製のお盆に4枚クレープを敷き詰めたものと何かの肉のピリ辛シチュー。レモネードは、ブルーハワイを薄めたようなどぎつい緑色の飲物だった。定食はどうも手で食べるらしいが、どうしたらいいのか全く分からず、店員ともフランス語でコミュニケーションが取れないので近くにいたカップルの真似をして食べた。味はよかったが量が多すぎて完食できず。途中、親戚らしき子供がやってきた。親族皆でトランプをしていたようだ。子供らはドイツ語をネイティブのように喋っていた。一族でスイスに分かれて住んでいるのかもしれない。

昼食後、トラムに乗って国連へ。ニュースで見たような名前を冠した建物が多く建っている。国連の建物に入るときには飛行機に乗るときのような身体チェックがある。その後、パスポート番号を登録され、その場で写真を撮られて身分証のようなものを作り、身につけなければいけない。あとで気づいたら私の名字は間違って登録されていた。ガイドツアーは大盛況で行列だった。夏休みだからだろうか。ガイドツアーは英、西、仏のいずれかは予約無しでも開催されていたようだった。本当はスペイン語がよかったけど、時間が遅すぎたので英語にした。英語ツアーの人どうぞ、と言われて移動したら別の建物でしばらく待たされた。本屋兼お土産物屋をその間にのぞく。お土産はどれもこれもやたら高く、多分国連の運営資金になってるんじゃないかと思う。


From Genf
国連正面入り口(一般客はここからは入れない)


From Genf
唐突に現れるガンジー像

二十分ほど待っていたらツアー開始。ツアーの中にカタルーニャ人の家族が3家族ほどいて、気になって仕方がなかったので写真を撮りますよ、と話しかけて交流を試みる。最初カタルーニャ語で話しかけてみたが、外人が話すとは基本的に思っていないので英語で返された。写真を撮ったあと、カタルーニャ人ですか?とカタルーニャ語で聞いたら通じなかったのでスペイン語で聞いたらやっと分かってもらえて、そこからはカタルーニャ語で話すことができた。やはり、驚いていた。そしてまだ十歳くらいの男の子にまで「ありがとう!」と言われた。彼はすでに立派なカタラニスタだと思う。

二つのホールにカタルーニャ出身の作家の作品が使われていて、1つはJosep Maria Sert、もう1つはつい最近できたばかりのMiquel Barcelóの作品。Josep Maria Sertの作品は黒と金の日本の屏風のようであった。絵自体は人類の進歩を描いていて全然屏風とは異なっていたが。未来派っぽいと言うか、共産主義の壁画みたいというか、時代を感じるものだった。ただ色が屏風っぽいので、絵をよく見なければ日本の歴史あるホテル(椿山荘とか)のような重厚な感じとも言える。カタルーニャ人が「スペインではなく、カタルーニャの作家である」とどうも係の人に説明していたようだ。


From Genf
手を伸ばしている人が案内の係員。

Miquel Barceloの作品はとにかくお金がかかったということでスペインでもかなりニュースになっていた。
UN artwork by Miquel Barcelo is a costy sum
写真を見ると光が天井からほのかに透けているように見えるが、これは白い塗料を全体に散らしてあるらしい。遠くから撮った写真しか見たことがなかったのでモデルニスモの作家のような、ガウディのモザイクのような作品かと思っていたが、まずつららというか鍾乳洞のような形を作り、その上に塗料を塗ったらしい。思ったよりもずっと気に入った。見る角度によって色と形が変わるというのがよい。カタルーニャ人たちも感動していた。

From Genf
ほぼ真横から作品を見ることができる。

ホールの天井以外にも至る所に各国から贈られた美術品がある。その国の特徴を表すものか、国連の理念を表すものかのいずれかなのでプロパガンダ芸術みたいなのが多く、それはそれでおもしろいが絵として面白いと思うものがあまりなかった。

国連見学後はWIPO(世界知的所有権機関)を見学。いちおうインフォメーションセンターがあるのだがお土産と本を少し売っているのと、10台ほどパソコンがあるだけ。そこに行くだけでも身分証をあずけてカードを首からかけなければいけない。用もないのに、インフォ以外の場所に入るのは無理そう。パンフレット系もネットからダウンロードできそうだったのでほとんどもらわずに帰ってきた。

From Genf
WIPOの庭にあったチーターの彫刻。

From Genf
WIPO正面入り口(工事中だった)。

バスに乗って駅に戻り、夫と合流して帰宅。

実用情報
CERN見学ツアーの解説と予約
Visit CERN - Guided Tours

Zara 2001
Rue de Lausanne 25
1201 Genève, Switzerland
022 731 06 96

ジュネーブの交通
tpg

国連ヨーロッパ本部
予約フォームを見たら、オプションとして見学のあとカフェテリアで食事をすることもできるらしい。

2010年8月4日水曜日

Paradies Schweiz (Museum für Gestaltung)

すでに10日ほど前になるけど、Museum für Gestaltungで特別展を見てきた。スイス人は自己イメージをどのようにとらえ、どのように提示してきたのか?を19世紀から現在に至るポスターを通して展示する。展示室は小さかったが見応えがあった。取り上げられていたスイスの自己イメージは3つ。1つめはマッターホルンに代表される山。2つめはスイス国旗の赤字に白の十字。3つめはハイジのような田舎の風俗。

印象に残ったものをいくつか。ミナレット建設禁止住民投票の時のポスターで、建設禁止賛成派はスイスの国旗の上にミサイルのような形状のミナレットが立ち並び、ブルカをまとった女性が前面に描かれたポスターを制作した。かなりインパクトがある。スイス性がミナレットによって脅かされるイメージか。一方反対派はあえてスイスをアピールせず、「スイスの空は、全ての宗教を受け入れる広さがある」と空を広く取り、ポスターの下方に様々な宗教施設の屋根が並ぶデザインにした(なぜか、問題のミナレットはなかった)。

あとエイズ予防のためにコンドームの使用を呼びかけるポスター。ハイジのような素朴ないかにもスイス風衣装をまとった少女が親指にコンドームをはめて、「無しでするの?私無しでやれば」と言っている。リンク先の一番下の列、真ん中のポスター。他のバージョンは特にスイスのイメージは利用していないらしい。スイス=田舎者、というイメージを自虐的に利用しているという解説があった。

20世紀前半、第二次大戦前のポスターは山々の間を走る鉄道、高速道路の未来的イメージと山岳の清浄なるイメージを組み合わせたものがいくつかあった。最新の文明と、自然が同居する未来の楽園というイメージは今でもスイスのイメージとして有効なのではないか。スイスの有名山岳リゾートツェルマットからゴルナーグラートバーンに乗ったが、3000メートルを超える地点まで楽々と連れて行かれて安全なまま別世界を楽しむことができた。目の前に広がる雄大な山々は本物だけれど、そこに至るまでの道、あるいは終点のゴルナーグラート自体はしっかり手が入って骨抜きになっている自然だ。また、ティチーノのハイキングルートも途中何カ所も小さな流れを渡ったが、自然の景観を壊さないようにしつつ、コントロールされていた。すっかり手なずけられた美しい自然を安心して楽しめる、未来の国を実現している希有な場所なんだと思う。

山、スイス国旗、田舎はスイスの全地域共通のイメージであるらしいことを確認したが、スイスに関して最も不思議なのはいわゆる国民としての統合を何によって行った(行っている)のかということである。多くの国でそれは言葉であり、国語の統合に心を砕き中央が認める言語以外を滅ぼしていったのだろうけど、スイスでは公用語が4つもあり、言語による統合は全く行われていない。この展覧会で取り上げられたようなスイスイメージが寄与している部分もあるのだろうか。


美術館ではもう一つ別の展示をやっていてそれも見た。Charlotte Perriandという女性に関する展示で誰か全く知らなかったがコルビジェと仕事をしていた人らしい。二度来日している。1930年代に政治的な活動にコミットしていた頃の作品が高校の文化祭のクラス発表を思い出させるコラージュで、コラージュしたくなった。椅子、写真の展示、本人が語るビデオの上映もあり興味がある人にはたまらない展示ではないかと思う。

博物館自体もレトロな建物で、魅力がある。50年代に建てられた大学の校舎のよう。なぜかフロアマップがないのだが、それもまたよし。なかなかに快適そうなカフェも併設されている。

Museum für Gestaltung
Ausstellungsstr. 60
CH-8005 Zürich


大きな地図で見る

2010年7月21日水曜日

ティチーノ旅行:データ

1日目

ストラーダ・アルタ
レストラン、民宿などはアイローロ、アルタンカ、ルレンゴ、フレッジオ、オスコにはあるが他の村にはなかった。休憩所は整備されていないので店に入って休んだ方がいいかもしれない。日差しを避ける場所があまりない。
Strada Alta情報ページ(独)

Agriturismo Da Paolin
素朴な民宿。庭先にテラスがある。コーヒーはチューリッヒで飲むよりも値段が安かったと思う。

Ristorante Corona
店員が親切であった。食べたものと値段。
ティチーノ・メルロー 6.60フラン
プッタネスカピザ 16.00フラン
プロシュートとメロン 21.00フラン
ミネラルウォーター1リットル瓶 7フラン
計50.60フラン

ベリンツォーナのユースホステル
駅から歩いて約10分。朝食込みということを除いてはあまりおすすめできない宿。モンテベッロ城は近い。値段は、2人部屋の場合1人45.55フラン+税金0.45フラン。

Postauto
ボスコからファイド駅まで利用。時刻表をダウンロードできる。


2日目
多くの喫茶店、レストランが日曜日は閉まるので要注意。

ベリンツォーナ
Museo archeologico e civico
よっぽど考古学に詳しい人ならおもしろいのかもしれない。本文中に書いた通り、解説がほとんどないので何がなにやら。

ロカルノ
Museo archeologico
ガラス細工がおもしろい。

Hotel Ristorante Dell'Angelo
カフェとワインで休憩した。店員がぶっきらぼうだが親切だった。

ティチーノ旅行:2日目(6月27日)

何時に起きたか記憶がないけど、多分八時か九時。今日も晴れているが、前日ほどは空気が澄んでいないようで、遠くにもやがかかっているように見える。

食堂で朝食をとる。バイキング形式だが、ハムもチーズも一種類しかなく、果物もないし、ドイツのハイデルベルクのユースホステルのような豪華朝食を期待していたのでがっかり。ジュース、コーヒー、お茶類、ココアと飲み放題で、シリアルもあるし朝食バイキングの基本は押さえているのだが。昨日からこのユースホステルには失望し続けているので余計にがっかり来ているのかもしれない。

カウンターに鍵を置いて観光に出かける。まずは、ユースホステルの裏に位置するモンテベッロ城から。石段を上がり、城の横の葡萄畑を横目に見ながら10分弱歩いて入り口に到着。優美さのかけらもない、いかにも要塞という感じの城。レゴで作れそう。Museo archeologico e civicoという考古学関係の博物館があるということでそれらしきところに近づくと、ベルが鳴って係の人が出てきた。どことなくゆるい。4フラン払って入館する。荷物は預かってくれた。

From Ticino
モンテベッロ城

中の展示はいちおう時代別になっているようだが、どこで掘り出されたいつの時代のものなのか全く記載がない。解説パネルもあるのだが、全てイタリア語で分からない。なぜか、エジプトのファラオについて説明したパネル、スイスの全く別の遺跡について説明したパネルもあり、博物館側の意図が分からない。地方の博物館はこんなものなのか、これがティチーノ風味なのか。特に得るものなく見学を終える。その後、係の人の案内で英語のベリンツォーナ説明ビデオを見た。

暑い中うろうろして、城壁の上を歩いた後徒歩で街に下る。ベンチで少し休んでから、カステルグランデに向かう。もうこの時点でまだ午前中なのに相当暑い。

From Ticino
モンテベッロ城からカステルグランデを望む

From Elternsreise (12)
コレジアータの裏にあった家。元は教会だったらしい。

お城には広い芝生が広がっていて、地元の人も観光客もピクニックを楽しんでいる。城の中のレストランで食事をしようかとも思ったけど昨日の余りのパンと若干怪しくなっているチーズがまだあったのでそれで軽食。芝生に座ってしばしのんびりって日本ではあまりしない。一つには芝生がないからだが、もう一つには日本の野原は草があまりにも育ちすぎていて座ると草に囲まれてしまうので余り心地よくなく、さらに蚊がたくさんいるからではないかと思う。

From Ticino
カステルグランデ。前日ここで結婚式が行われたらしい。

From Ticino
カステルグランデの芝生から。

From Ticino
日曜日のベリンツォーナ目抜き通り。誰もいない。

軽く城を周って、這々の体で下山。次は電車でリゾート地ロカルノへ向かう。

ロカルノまでは約30分で到着。リゾート地なのに飲食店以外は全く営業していない。飲食店でも営業していないところがあるようだ。家々は明るい色で塗られ、山の中だけど南国らしい雰囲気に溢れている。

荷物を置いて街を散策することにしたが、それ以外の入れ物がないので急遽ロカルノの絵柄入りショッピングバッグを購入。少し恥ずかしいが観光客なのでまあいいや。

まずはジェラート。店員のおじさんが夏休みバイトっぽい若い女性にジェラートの混ぜ方、コーンへの乗せ方を伝授していた。めちゃくちゃ暑いのでおいしく感じる。

From Ticino
ピアッツァ・グランデ

ロカルノの目的は、ヴィスコンティ城の中にある博物館。ローマ時代のガラス製品が収蔵されているらしい。入り口が分からず中右往左往する。やっと辿り着いた博物館は地味だった。博物館が入っているお城も壮大でも優美でもなく、古い石造りのお屋敷という風情。展示室はそれほど広くはないが、期待以上の展示物がいろいろとあったようで暑い中来た甲斐があった。室内の壁の所々に書きかけの絵があったけど、あれは数百年前に絵を描きかけてやめたのか、それとも中世マニアで絵に自信がある人がこっそりと落書きしたのか判断しかねる。

From Ticino
ヴィスコンティ城

From Ticino
ハトのガラス細工

From Ticino
誰が書いたのか、下書き風の線画。

暑さにやられていたのでピアッツァ・グランデのカフェで私はコーヒー、夫は白ワインとオリーブを頼む。ワールドカップ決勝リーグ、ドイツ対イギリス戦を見る。ドイツ語圏スイス人はドイツ嫌いという定説があるのだけどいざとなるとドイツを応援するのかどうなのか、近くにいたドイツ語圏の家族はドイツを応援していた。観戦中にイギリス幻のゴールも見る。ワールドカップ開催に合わせてどこの店も大画面のテレビを設置して客寄せをしていたが、いくつかの店の方がなぜか中継が早く入るらしくゴールの瞬間を見る前に喜びの歓声、外す前に失望のため息が聞こえ、興ざめ。なぜ違いが出てしまうのか。

電車の時間も迫ってきたので前半終了後にカフェを後にし、駅方面に戻ることにする。時間が少しあったのでロカルノ湖で水上スノーボードのようなことをする人々を観察。その後少し湖周りを歩く。最後に駅の近くのサン・ヴィットーレ教会に行ってみるがミサの真っ最中で中には入れなかった。どうも古い教会らしいのだが、現在は修復された後の姿に見えた。

From Elternsreise (12)
Giuseppe Cattoriなる人物の像の周りにはなぜかなすが植えられていた。

レストランに入って次の電車で帰るかどうか最後まで迷うものの、結局サンドイッチに落ち着く。電車の中で食べるサンドイッチは空腹のためか今までで一番おいしいものに思えたが、満たされてくるとただのチーズとハムのサンドイッチであることが分かってきた。本当に飢えていたらしい。

チューリッヒに戻ると、大都会の別の世界にやってきたように感じる。日本の大都会に比べたら小さい街なのだけど。

2010年7月20日火曜日

ティチーノ旅行:1日目(6月26日)

チューリッヒ-アイローロ(スイス国鉄)
アイローロからボスコまでストラーダ・アルタをハイキング
ボスコからポストバスでファイド、ファイドからベリンツォーナまでスイス国鉄

7:31発の電車で出発。アイローロまで一本で、二時間弱で着く。スイスは小さい国なので遠出をするようでもあまり時間がかからない。ゴッタルトトンネルをくぐれば、そこはすでにアイローロ。トンネルの手前はさぞかし山が美しいだろう、と窓に張り付いて見ていたが山の中を走っているため小さなトンネルばかりで、見えても山の頂上は遙か上方にあってよく見えなかった。谷間の村々は日当たりが悪そうで、冬など高山に遮られてほとんど日が当たらないんじゃないかと思う。

アイローロは峠越えの重要地点として栄えていたようだが、度重なる雪崩と大火事によって街が破壊され、かつての美しさは見る影もないとのこと。本当は観光案内所に寄って情報を集めたかったのだけど土日は休み。土日休みの観光案内所なんて意味ないよ…。

From Ticino
アイローロを行く

駅前からしっかりと標識が整備されていて、分岐点毎に矢印か標識があるので地図無しで歩いて行ける。ヴァッレを通過し、マドラーノの道端で休憩する。共用水くみ場があったので水を補給。次の村ブルニャスコでもよい休憩所が見当たらず、日の当たる道端に座る。

From Ticino
アイローロからヴァッレ間の風景

結構大きい村アルトランカで喫茶店に迷った末入らず。せっかくだから今回の行程での最高地点クレスタ・ディ・ソプラで休もうかと思ったのだがその地点には休憩所はなかった。仕方がないので次の村ロンコまでひたすら歩く。

From Ticino
行程中最高点、クレスタ・ディ・ソプラ

ロンコでは教会の正面に座って何とか昼食を食べる。クスクスサラダと、オープンサンド。教会の掃除をしていたがそれ以外はあまり人の気配がしない。すぐ近くを風の力のみで飛ぶ飛行機のようなものがどんどん飛んでいって怖い。

From Ticino
ロンコの教会

あまりに日差しが強い上、全然日陰で休めないので次の村でこそ喫茶店に入るつもりだったが、デッジオでもそうした店は見当たらない。しばらく行くと車道を離れて未舗装の道に入る。この行程で唯一ガイドブックに言及のあった古い教会サン・マルティノを楽しみにしていたのにとても小さい教会で中が見れそうになかったのでがっかり。近づいて確認しなかったので、もしかしたら見れたのかもしれないが…。

From Ticino
サン・マルティノ教会

ここら辺から、じょじょに鼻が悪くなってくる。雨が数週間続いた後の週末だったためか、そこら中で酪農家が牧草を刈り取ってまるめる作業をしていたのと、野草がちょうど花粉を飛ばす時期に当たったのが原因らしい。

ルレンゴのAgriturismo Da Paolinで待望のコーヒー。疲れていたので40分くらいぼーっとしてしまった。

ルレンゴを後にして森の中に入り、一気に下っていく。この行程はほとんどが舗装されているか、されていなくても砂利を敷き詰めたような道で歩くのに全然困らなかったが、ここだけは山っぽかった。急な道を下っていく。1160メートルという表示のある場所で休憩。思い出してみると、下っている間誰ともすれ違わなかった。それなりにメジャーなハイキングコースらしいのに週末でもそこまで混雑するわけではないらしい。

From Ticino
ミヤマバイケイソウっぽい花

From Ticino
山を下る

山を下りきってフレッジオに出た。終点のオスコまであと少し、休憩無しですぐに着くだろう、となめていたら全く辿り着かない。今まで要所要所にくどいほどに出ていた標識、赤と白の目印のペンキも消え失せてしまった。途中犬を連れたおじさんに道を教えてもらう。休憩せずに行くはずだったがあまりにもしんどくて休憩。

From Ticino
フレッジオが見えた!ここからが長かった…

17:20にオスコ着。ポストアウトにはまだ時間があったのでカフェに入る。ちょうど、韓国ウルグアイ戦を中継していた。私の鼻はひどくなるばかりで、何個も持ってきていたティッシュがなくなってしまうほど。こんなに鼻が詰まったことはないと言ってもいい。

17:58のポストアウトに乗ってファイドの駅まで出る。途中つづら折りで、まともに小型バスが曲がれないようなカーブが続く。そんな中、運転手の兄ちゃんは携帯電話で話し始めた。慣れているのだろうけど恐ろしい。

ファイドからベリンツォーナまでスイス国鉄で移動。途中魅力のありそうな街をいくつか駆け抜ける。特に、レヴェンティーナ谷とブレニオ谷との合流地点に位置するビアスカの風景は圧巻。ロマネスクの教会もあるらしく、できれば寄りたかった街。

ベリンツォーナは州都であるらしいのだが、こぢんまりとしていてのんびりとした空気が漂っている。駅前から旧市街を歩く限り高いビルもない。ベリンツォーナは城が三つある街として世界遺産登録もされている。いかにもヨーロッパの城、という感じで城壁はぎざぎざとしており、なかなか見応えがあるからもっと日本人が見に来ても良さそうだが、誰一人として見かけなかった。チューリッヒでは見かける中国人観光客もここにはいないらしい。

From Ticino
インデペンデンツァ広場

予約してあったベリンツォーナのユースホステルは設備もあまりよくなく、部屋が何と言っても西日が当たって暑すぎて不快だった。昔のパレスを改装したという建物なので内装に期待していたのだが、近代的に作り替えられていて趣もない。ドイツのユースが快適だからそれなりに期待していたのだけど、ユースによって当たり外れがあることがよく分かった。同じ値段なら、民宿のようなところの方がよかったのかもしれない。

シャワーを浴びて身支度を調え夕食へ。Rristorante Coronaで。店員はなぜか日本語がかなり話せた。できればティチーノ独特の料理が食べたかったのだが、メニューはイタリア語だしなんだかよく分からないしお腹がすいているし、とピザと、プロシュートとメロンで妥協してしまう。それなりにおいしかったのだが、もう少し粘って解読するか、あらかじめきちんと下調べして来るべきだった。ティチーノ・メルローの赤ワインはおいしかった。

食後夜のベリンツォーナを少し散歩。ワールドカップ観戦用に、広場にスクリーンがしつらえられてお祭り会場のようになっていた。3つの城もそれぞれライトアップされて美しい。華がある街ではないけど、自然も豊かだし通り過ぎるのはもったいない。

ユースに帰宅後、あまりにも疲れていて倒れるように寝てしまう。夜中、あまりの暑さと、近くの線路を走る電車の音、夜中なのにボンボンとうるさい教会の鐘の音で目が覚めて、体は疲れているのに眠れない。鼻づまりもひどい。首の後ろと手首を水で冷やしてようやく寝付いた。

2010年7月13日火曜日

Ticino旅行

気づいたら三ヶ月もあいていた。その間に日本に帰ったり小旅行したりワールドカップ日本戦スタジオ観戦に参加したり私の両親がこちらに遊びに来て案内したりといろいろとあった。

メモ的にTicino旅行記をとりあえず書く。

スイスを全然旅していないので、八月末に迫るスイス発を前にいろいろと行っておかなければ、ということで最初に出た案はミュスタイアだった。スイスの東の果てで、スイス人にとってもかなり田舎らしい。鄙びたところ大好きな私としては最高で早速案も作ったのだが、スイスだから山歩きしなきゃ!ということもあって、前々から興味のあったティチーノ(ドイツ語ではテッシン)に変更。

ガイドブックを各種借りだして検討した結果、ルートは以下のようになった。
1日目:チューリッヒからAiroloまで電車で入り、そこからStrada Altaというハイキングルートを歩く。約五時間半のルート。終点のBoscoよりFaidoまでバスに乗り、そこから電車でBellinzonaまで行く。Bellinzonaのユースホステル泊。
2日目:Bellinzonaを観光後、Locarnoへ移動。Locarnoにはローマ時代のガラス製品を展示する博物館があるらしいのでそこへ。夕方Zurich行きの電車に乗って帰宅。

1日目メモ
  • Strada Altaは舗装されている道が多かった。最後の森の下りを除けば歩きやすいが少し物足りないかも。景色は素晴らしい。
  • ちょうど前の週までの雨が上がっていいお天気だったので、牧草の刈り取りと丸める作業を行っていた。牧草アレルギーがある私には厳しかったようで、かつてないほどの鼻炎に苦しめられた。日本でイネ科とかのアレルギーがある人はヨーロッパでの散策は要注意。
  • BoscoからFaidoまでのバスはつづら折りをガンガン下りていく。途中で同僚と電話を始める運転手…怖い。
  • Bellinzonaのユースホステルはサービスがあまりよくなく、西日が当たる上に風通しも悪くて猛暑、さらに近くに線路が通っているので全く快適ではなかった。
  • 電車から見ただけだけど、2つの谷が合わさるBiasca辺りの風景は圧巻。ゆっくり散策したら面白いところかもしれない。ロマネスクの古い教会もたくさんあるらしい。
2日目メモ
  • Bellinzonaは3つ城があることで有名。世界遺産にも指定されている。が、世界遺産大好きの日本人を全く見なかった。東洋人の観光客皆無。
  •  Ticinoの州都のわりにこぢんまりしているが、城の無骨さと下界のいくつかの建物の優美さと山々の雄大さが一気に楽しめる素敵な街だった。
  •  城の中の考古学博物館に行ったが年代が一切書いていない。関連があるかのように突然エジプトのファラオの説明があるし…もちろん何の関連もない。説明は全てイタリア語。
  •  Locarnoはリゾート気分漂う場所。アイス食べた。
  • ヴィスコンティ城に行ってローマのガラスを見る。城は思ったよりも立派ではなく、朽ち果てそうだったけど展示品は興味深かったらしいのでよかった。
  • 広場のカフェでイギリスドイツ戦を見た。ドイツ語圏スイス人はドイツ嫌いってことになってるけど、それらしい人達がドイツ応援していた。私たちのいたカフェの放送はなぜか数秒間遅れており、そのためにゴールが決まるか外れるかあらかじめ分かってしまうという残念な結果に。
  • 夕食食べて帰ろうかと思ったけどぴんと来ずサンドイッチ買って帰宅。旅先でおいしいものにありつくのは難しい。食べ物関係が原因で旅先で揉めることが多いような気がするな…。
お金関係
  • ZurichからAirolo 一人19フラン(Halb Tax使用)
  • OscoからFaido Stazione 一人2.20フラン(Halb Tax使用)
  • FaidoからBellinzona 一人7.9フラン(Halb Tax使用)
  • BellinzonaからLocarno 一人4.10フラン(Halb Tax使用)

2010年3月1日月曜日

とりあえず毎日

なんかしら書こうと思っている。

今日はどこも出なかった。やることがあったためだけど、天気が悪くてどちらにしろ出かけられなかっただろう。風強いね、と話していたら夜のニュースで名前まで付いた強力な低気圧がフランス付近を通過していたことを知った。スイスでも森の中を歩くな、と言われていたらしい。出なくて良かった。

こちらのテレビを見ていると、ニュースは基本的に標準ドイツ語に近いしゃべりをする。しかしここに例外があり、それはお天気おねえさんとスポーツコーナーの兄さん。本気のスイスドイツ語ではないのだろうけど、私にはかなり理解が難しいレベルである。スイス人の心の安らぎというか、親しみを感じるコーナーはやはりスイスドイツ語じゃなきゃだめなのか。

チューリッヒの街でスイス人を観察しているけど、どういう見た目の人が典型的スイス人(代々スイスにいるような)なのかわからない。スイスドイツ語だけでは判断できない。移民二世、三世は完璧に言葉をマスターしている。チューリッヒの最初のイメージは、スイス人ブランド好きで派手だな、という感じだったが、派手目の化粧でブランドに身を固めた金髪美女はロシアの金持ちなのかもしれない。スイスドイツ語を話しているが。若いモデル風美女で金髪碧眼の人は別の国からやって来てスイスの金持ち向け学校で教育を受けている人であるような気もする。

チューリッヒ国際都市なのだがコスモポリタンというよりは単に外人があふれているという感じがする。なんというか外人である自分が無色にはならない感じだな。見た目が貧乏くさいのか怪しい外人扱いされてる気がするし…。

2010年2月26日金曜日

久々に

普通の日記でも。って毎日Twitterでごちゃごちゃ書いているから書くことがない。

スイスに約二週間ぶりに帰ってくると、その秩序正しさに驚かされる。スペインから日本に帰った時に何でこんなに細かいの頭がおかしくなる!ちょっとくらいいい加減なほうがいい、と思ったように思うけど、今回はただただほっとした。鞄を必死に押さえて歩かなくてもいい。鞄の口がちょっとくらい開いてたって、鞄から数分間目を離したって大丈夫。 街にある時計はきちんと動いている。電車だって数分おきに来るし、電光掲示板の表示は信用できる。外人だけど釣銭をごまかされたりもしない(むしろ、こっちが何かをしでかす不良外人に見られている節あり)。ゴミも落ちていない。全てが予定通りに動き、犯罪に巻き込まれることもまずないという安心感は得難いものがあると感じた。スイスは外人にけっして甘い国ではないし閉鎖的だと思うけど、東欧、イタリアその他の国から来た人々はこの安心感からはもう離れられないのかも。

2009年12月26日土曜日

クリスマス

キリスト教徒ではないし日本の家庭育ちなのでこちらのようなクリスマスの習慣はないけど、せっかくなので昨日の夜は家でディナーとしました。そもそも、ヨーロッパの家庭ではイブは祝うのか、その辺すらよく分からないのだけど。

肉が高く、肉無しライフを送っているのでたまにはと牛肉のカレー(ためしてガッテン流)。前菜はシーザーサラダ。ワインはCoopのワインコーナーで見つけたクロアチアワイン。デザートはBetty Bossiの本に載っていた、アーモンド牛乳ゼリーににんじんソースをかけたもの。

From Zurich

ためしてガッテン流カレーは「ソースを漉す」というプロセスを怠ったために量が増え、さらに食感も離乳食のようになってしまったけど味はよかった。今度はちゃんとレシピどおりに作ろう。シーザーサラダはアンチョビを三匹入れたのが入れすぎだったらしくものすごく濃厚な味になってしまった。サラダはあっさり目が好きなので、今度は別のレシピで作ってみようと思う。

食後しばらくして二人とも調子が悪くなってしまった。たぶんクロアチアワインのせい。9フランくらいしたから激安というわけでもないけど、あまり質がよくなかったのかもしれない。残念。

夫はその後テレビでやっていた「薔薇の名前」と「アンタッチャブル」を見ていたがわたしはネットをしていた。

今日は体調もいまいちだしどうせ街に出ても店は全部閉まっているしさらに雨まで降っているし、とごろごろとして過ごした。明日は少し天気がよくなりそうなので散歩にでも行こうかな。今日は合計12時間以上寝てしまった。

テレビでは夜に古いスイス映画、Bäckerei Zürrerをやっていたのでちょっと見た。イタリア移民とスイス人の織り成す人間模様を描いているらしい。駅の近くにLangstrasseという通りがあり、下町というか、南米系の人が多くいる、セックスショップやストリップバーの並ぶところなのだけど、そこが舞台だった。昔から外国人が多く住むところだったのかも。


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2009年12月10日木曜日

Popstars

ドイツに2006年に旅行したとき、友達が「今から友達とPopstarsっていう番組を一緒に見るんだけど、来ないか」と聞いてきた。ドイツ語はののしり言葉とJaとNeinしか知らなかったのだがなんとなく付いて行き、友達の友達とその同居人と四人で見た。内容は、素人がオーディションを勝ち抜いて、最後にひとつのグループとしてデビューするというもの。女同士のキャットファイトを眺めたり、出演者にツッコミを入れたりするのが楽しくて見るものらしかった。

去年ドイツにやってきて、今度は夫と二人毎週毎週楽しみに見るようになった。三十前後のいい大人がまじめに見る番組ではなく、中学生くらいを対象にしているようだが構わず見た。

今年もスイスでもちろん見た。今年選ばれるのはデュオ。昨日フィナーレがあって、最後まで勝ち残った二組が争っていたのだが、そのうちの一組にスイス人レオがいた。ブラジル系スイス人レオはチューリッヒの南に位置するHinwilという街の出身だそうで、スイスのメディアでも追っていたらしい。最終的にこのレオがいるほうのデュオが勝ち抜いたので、スイスのメディアではどのように扱うのか昨日結果が出たときからわくわくして待っていた。

今日夕方、駅などで配られるフリー新聞Blick am Abendを入手。思ったより扱いは小さかったけどやっぱり載っていた。しかし、スイス人の視線はことのほか冷たかった。どうも、レオはスイスの別のオーディション番組に出たものの落選し、その後Popstarsに再び応募したらしい。「ドイツだったらいけたみたいだけど、スイスじゃ駄目だったし、どうせ数ヵ月後にはまた携帯を売る仕事に戻るだろうよ」という感じ。レオが負けていたら「スイス人だから落としたんだ!キー!」となるような気もする(実際に、ドイツの別のオーディション番組でスイス人が落ちてニュースになっていた)し、かといってスイスを離れてドイツで成功すればあまりよくは見られないらしい。スイス人はドイツが好きではないようだけど、気になって仕方がない隣国らしい、と再確認した。

ブラジルのドイツ語新聞でも紹介されていた。

そしてレオはゲイらしいことも分かった(Blick am Abendのビデオ)。番組内では標準ドイツ語を話してたけど地元ではやっぱりスイスドイツ語。

2009年11月29日日曜日

スイス生活

気づいたらまた更新しないまま数日経っていました。どうしたらいいのだろう。ブログのネタをコルクボードに書いて貼っている人がいたけど、ある程度定期的にまとまったことを書こうとするならそれ位するべきなのかも。

スイス生活で気づいたことをメモ的にとりあえず書いておこうと思います。

1. 肉が高い
ドイツと比べると高すぎる。日本よりもさらに高い。たとえば、ひき肉300gで500円くらい。COOPで売っている肉は基本BIOらしいので、そのために高いのかもしれない。ドイツでもBIOの肉は高いとの話だった(買おうとしたこともないので分からない)。ポストに入るチラシによれば、DennerやLIDLではドイツ並みに安く売っているようだ。
2. チラシが入る
毎日投げ込みのチラシが入る。スーパー、家具屋、大型電気店が主。
3. タイムテーブルが変わっている
日本よりもすべてが1~2時間ほど早めに動く。たとえば、会社の始業時間、スーパーの開店時刻は朝八時。夜も八時くらいになると街が閑散としている。
4. ドイツ嫌い
ドイツとの差別化を図っている。スイス人の愛国心はとても強いように思う。ドイツのような暗い過去の歴史がないためか、スイスの旗がいたるところに飾られている。国旗のついたシールをバイクなどに貼っている人もいる。

他にもいろいろとあります。スイスは不思議の国だと思います。
ちなみにBIOというのは、有機農法で育てられた野菜とか肉とかのカテゴリを指すものと解釈しています。BIOでない製品よりも数割増のお値段です。まったくの余談ですが、ドイツ人がBIO製品を買うのは、「味がいいから」ではなく、「体にいい」「環境にいい」という理由からであると授業で教わりました。「舌ではなく、頭で食べる傾向があるということを覚えておいてください」と先生が言っていました。

チューリッヒはたくさんの移民を抱える都市のはずなのにコスモポリタンな雰囲気はなく、むしろ良くも悪くも田舎っぽく閉鎖的であると思います。金融でここ百年くらいの間に突然大金持ちになった山間の国ならではの独自性があるのではないかという気がします。ドイツにいた間は申し訳ないくらいドイツに興味がなかったのに、スイスには興味津々です。

2009年11月25日水曜日

今後

十月よりスイスに住んでいます。国が変わるとはいえ、昨年に引き続きドイツ語圏だし、楽かな?と思いきや、言葉もずいぶん違うし習慣もずいぶん違うし友達もいないし…とスタートからつまづき気味です。でも、スイスは観光面では、すばらしくよいところだと思います。

なんらか有用な情報を提供できたら、と始めたのに相変わらずの放置っぷり。今後は、スイス生活を少しずつと、カタルーニャ語の学習情報を提供できたらいいなと思っています。